「小野哲平展  衝動と暴力性」ありがとうございました

d0087761_18481881.jpg

小野哲平展  衝動と暴力性」は本日終了しました。会期中ご来店頂きました方、トークショウにご参加頂きました方、皆様のご厚情に御礼申し上げます。

写真は小野哲平さんが暮らす高知県谷相の風景。山間に棚田が連なる住まいと仕事場です。この場で実践されている日常を疎かにしない丁寧な暮らし。そこから生まれる謙虚で嘘のないうつわ。この価値観こそが、平成時代に芽生えた暮らしに寄り添う「うつわ」の在り方だったように思います。

平成の始め1990年代から生活に向けた「うつわ作家」が現れ始め、やがて2000年代に大きな波となりました。当時、陶芸家と言えば美術画廊、デパート等で発表する産地を主体とする焼き物や、あるいは前衛陶芸が主流の中、日常の暮らしの価値に目を向けた、わずかな作り手たちがいました。哲平さんもそのお一人です。これは当時の経済状況、市場の変化と共に、自分達の身の回りにある大切さに気づく精神的成長であったように思います。

この30年間、まさに生活者のための「うつわ」という価値が広く根付きました。優秀な作家が増え、良質かつ適正な価格の「うつわ」を誰しも手に出来る豊かな市場が生まれました。しかし、この状況は漫然と自然発生した訳ではありません。当時の陶芸界の状況を疑い、まだ明確には無かった「暮らしのうつわ」の意味に気付き、手探りで進んできた作り手、伝え手、そして使い手によって徐々にその価値が定着してきました。

今、誰しも暮らしのうつわを迷いなく作れる時代になりました。しかし、暮らしに寄り添う器という言葉が形骸化し、その意味が虚ろな流行りとして広がっているようにも思えます。作る人も伝える人も同調的で、批評性なく流行を再生産することが出来るようになっているように思います。

言葉にすること、思想を語ること、理屈をこねること。あるいは批評し批判されること。今の時代には歓迎されないことかもしれません。しかし平成に築かれたこのうつわの価値を、より確かなものにするために、時に異議を唱えることも必要ではないでしょうか。疑うことをやめてしまえば、一過性の流行として消費されてしまう危険性もあると思います。刺激を発することで、能動的意識が生まれると思います。平成の暮れるこの時に、小野哲平さんの今回の提言には意義があったと思います。

あと数日で令和新時代。哲平さんよりもずっと若い才能が多く育っています。ぜひ時代に疑いをもって、時代に照らした芸術性にも意識を向けて欲しいと思っています。あらためて小野哲平さんが作る「うつわ」の意味も考えて欲しいと思います。

今回は、たくさんの作品をご成約頂くことが出来ました。幅広い方により、こつこつと積み上がるように。それぞれの方に何かしらの「気付き」が沸き起こったと信じています。この公平な評価は、何よりの励みと自信に繋がります。皆様のご理解と行動に深く感謝申し上げます。

この度はありがとうございました。


これからの営業案内

うつわノート(埼玉県川越市小仙波町1-7-6)
4/29(月)~5/10(金) 搬出・設営休
5/11(土)~5/18(土) 豊増一雄展
5/19(日)~5/24(金) 搬出・設営休
5/25(土)~6/03(日) 山田隆太郎展

営業カレンダー


# by sora_hikari | 2019-04-28 23:59 | 小野哲平展2019

「小野哲平展  衝動と暴力性」8日目

小野哲平展  衝動と暴力性」の8日目。会期は明日4月28日(日曜)まで。展示品は売約品を含めて全点ご覧頂けます。長期連休中ではございますが、どうぞこの希少な展覧会にお越し下さい。

写真は今展の中では、「うつわ」らしきうつわ。しかし大きく重厚で、使う側が試される存在感のある物体です。決してもの分かりの良さを前提にした「うつわ」ではないのです。

今展の方向性を話し合った当初、このような重厚で強いうつわ展を考えていました。歩み寄らず、哲平さんの若い頃の作品のような勢いを感じるもの。「重戦車・哲平 軽やかな時代を踏み潰せ!」というタイトルイメージ。これを行列のうつわ作家時代に、あらためて提示したいと思いました。

しかしDM撮影用に届いた作品は、それ以上のメッセージを発するものばかりでした。うつわの形状を持ったものでも、安易に暮らしに寄り添わず、重く大きく、中には穴を開けて「うつわ」の用途を否定するものまで。

うつわ作家でありながら、その存在をあらためて問う。自分自身に、そして若い作り手に向けた「何のために作るのか?」というストレートな問い掛け。それを「形」という言葉で発するには、敢えて定型を破った異形によって疑問を湧き起こすという方法もあるでしょう。そのメッセージがわずかでも届くことを願っています。

d0087761_23533480.jpg


d0087761_23534298.jpg


d0087761_23534883.jpg


d0087761_23535614.jpg


d0087761_2354342.jpg


d0087761_1755541.jpg



小野哲平展  衝動と暴力性
2019年4月20日(土)-28日(日) 11時~18時 
ギャラリーうつわノート 埼玉県川越市小仙波町1-7-6 地図

小野哲平プロフィール
1958年 愛媛県松山市に生まれる
1978年 岡山県備前にて修業
1980年 沖縄県知花にて修業
1982年 常滑にて鯉江良二氏に弟子入り
1985年 愛知県常滑市にて独立
1998年 高知県谷相に移住
2019年 現在、同地にて作陶

d0087761_13155969.jpgd0087761_13161512.jpg


# by sora_hikari | 2019-04-27 17:48 | 小野哲平展2019

「小野哲平展  衝動と暴力性」7日目-2

小野哲平展  衝動と暴力性」の7日目-2。会期はあと2日。今回は売約品も含めて、全点を最終日までご覧頂くことが出来ます。どうぞこの週末にお出掛け下さい。

自傷行為は死の淵から戻ってくることで、生きていることを再確認するのだと聞いたことがあります。あるいは暴力的犯罪の中には、抑えきれない自分を生かすための 不可避な行動という側面もあるでしょう。社会的には容認されることではないですが、しかし精神は生死の狭間に救いを求めてぎりぎりで均衡しているという事実もあります。

哲平さんの造形の動機は、端的に言えば自己を生かすための避けられない選択であったのではないでしょうか。幸いにも「うつわ」に出会えた。そして自分は生かされた。ゆえに「うつわ(陶芸)」は人を救うことが出来るのだという思いは、ご自身の体験としてあるのでしょう。

鋭敏な中に美しさは存在する。単に整ったもの、既に価値が決まったものだけではなく。ある時は痛みの向うに、ある時は醜さの向うに。倒錯的な背信行為によって生まれることもある。目の見えぬ合間に感じる微かな光。それゆえに人は言葉を超えて惹きつけられるのではないでしょうか。

d0087761_23442043.jpg


d0087761_23443735.jpg


d0087761_23442930.jpg


d0087761_23444461.jpg


d0087761_23445347.jpg



小野哲平展  衝動と暴力性
2019年4月20日(土)-28日(日) 11時~18時 
ギャラリーうつわノート 埼玉県川越市小仙波町1-7-6 地図


小野哲平プロフィール
1958年 愛媛県松山市に生まれる
1978年 岡山県備前にて修業
1980年 沖縄県知花にて修業
1982年 常滑にて鯉江良二氏に弟子入り
1985年 愛知県常滑市にて独立
1998年 高知県谷相に移住
2019年 現在、同地にて作陶

d0087761_13155969.jpgd0087761_13161512.jpg


# by sora_hikari | 2019-04-26 18:00 | 小野哲平展2019

「小野哲平展  衝動と暴力性」7日目

小野哲平展  衝動と暴力性」の7日目。

「うつわ」という定型の範疇にあれば、誰しも使え、買うことが出来、公平な評価が与えられます。脈々と築かれた用の美という拠り所がある。それゆえの健全性があるでしょう。しかし、作者側から見れば、その範囲でしか価値を認識されないというフラストレーションもあるのではないでしょうか。

さて、ここで紹介する作品は、「うつわ」というフォーマットから離れ、焼き物の断片に針金が加わったアンバランスで異質な造形物です。これもまた「うつわ作家」である小野哲平さんの「うつわ」へのアンチテーゼのように見えます。

参照する拠り所のない物は、見る側を冷酷に突き放します。「何なのか、これは?」。しかし明らかに日頃の哲平さんのうつわと共通する要素があり、完成形から切り取られた肉片のようです。つまり、これも粘土を焼くことで生まれる「うつわ」と同質の意味を有しているのです。そこに針金を加えることで、部分から独立したひとつの造形物として成立するのです。

うつわという定型フォーマットから解放された欠片。針金によって空間に浮遊させ、あるいは空間を取り込むことで重さから解放している。部分も全体に劣らぬ美しさを備えている。「ものはら」(焼け損ないの廃棄場)にある一片の美しさ。敢えて全体を排除することで「うつわ」の根幹にある造形物としての美しさを浮き彫りにしようとする意図を感じるのです。

d0087761_2349356.jpg


d0087761_23491023.jpg


d0087761_23491966.jpg


d0087761_23492859.jpg


d0087761_23493550.jpg



小野哲平展  衝動と暴力性
2019年4月20日(土)-28日(日) 11時~18時 
ギャラリーうつわノート 埼玉県川越市小仙波町1-7-6 地図


小野哲平プロフィール
1958年 愛媛県松山市に生まれる
1978年 岡山県備前にて修業
1980年 沖縄県知花にて修業
1982年 常滑にて鯉江良二氏に弟子入り
1985年 愛知県常滑市にて独立
1998年 高知県谷相に移住
2019年 現在、同地にて作陶

d0087761_13155969.jpgd0087761_13161512.jpg


# by sora_hikari | 2019-04-26 10:30 | 小野哲平展2019

「小野哲平展  衝動と暴力性」6日目-2

小野哲平展  衝動と暴力性」の6日目-2。

針金を巻かれた陶の塊。2017年の「塊は魂」展の作品を付加的に発展させた、いや封印したと捉えるべきか。粘土をえぐる行為と同じように、金属を強く巻く行為は快感であったと言います。これにも作者の身体的な衝動が強く顕れています。

さて、うつわという客観的役割を持つ作品と異なり、表現的造形物は私小説のように、自己体験を超えない危険性があります。用途から切り離されたゆえに、露わにされる造形物としての純粋性。そこには所有する側との主観的関係性(きゃっ!かわいいとか)とは別に、客観的なアート作品としての意図(何を伝えたいの?)が求められます。

さて、稚拙ながらも解釈を試みてみましょう。本来なら外に向かって放射するべき焼き物の表現を、針金でぐるぐる巻きに拘束することで見えないようにしています。焼き物でありながら、その存在を拒否するように。土を焼いて生まれる景色や質感という見所を敢えて覆い隠すことで、その存在価値を反転させる。中に何があるのか?アイロニカルな作品である訳です。多くの前衛陶が外形的にユニークな表現に終始するのに対して、その表現を「覆うこと」で気付かせる価値の転換。まるでクリスト作品のように日常的風景を「梱包」することで、あらためてそこにある存在を気付かせる。パラドキシカルな話法が仕込まれた挑戦的な作品なのです。

小野哲平さんのこの意識は、今回唐突に示された訳ではなく、独立当初より一貫しているのです。例えば1987年の「えさ鉢展」。動物を前にして人の決めた価値に意味があるのか、という疑義。あるいは作品の「はかり売り」。食器以上に茶碗や酒器につけられる価値に疑問を呈し、重さだけで価格を査定する、という問い掛け。

今回も同様に、独立当初の陶芸界に対するパンク精神に重なる価値の転換を試みていると言えるでしょう。しかし当時と大きく異なるのは、この行為が社会に向けられたものよりも、自分自身の固定化された「うつわ作家」というイメージへの反論、あるいは破壊であるのです。それは長年をかけて纏った衣服を脱ぎ棄てることであり、恥ずかしくそして勇気がいることなのです。

d0087761_23393451.jpg


d0087761_23394152.jpg


d0087761_23394844.jpg


d0087761_23395519.jpg


d0087761_2340373.jpg


d0087761_13383944.jpg



小野哲平展  衝動と暴力性
2019年4月20日(土)-28日(日) 11時~18時 
ギャラリーうつわノート 埼玉県川越市小仙波町1-7-6 地図


小野哲平プロフィール
1958年 愛媛県松山市に生まれる
1978年 岡山県備前にて修業
1980年 沖縄県知花にて修業
1982年 常滑にて鯉江良二氏に弟子入り
1985年 愛知県常滑市にて独立
1998年 高知県谷相に移住
2019年 現在、同地にて作陶

d0087761_13155969.jpgd0087761_13161512.jpg


# by sora_hikari | 2019-04-25 18:07 | 小野哲平展2019