「平瀬アスカ展 黄泉の棲家」スタート

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平瀬アスカ展 黄泉の棲家」は本日よりスタートしました。初日よりご来店くださいました皆様に厚く御礼申し上げます。今展のテーマもあり、また平瀬さんのお人柄もあり、じっくりと話を聞きながらご覧になる方が多いのが印象的な一日でした。会期は3月14日まで休まず営業いたします。どうぞ引き続きよろしくお願いいたします。

平瀬アスカ展 黄泉の棲家
2026年3月7日(土)~14日(土)
営業時間 11時~18時 最終日は17時迄
ギャラリーうつわノート 埼玉県川越市小仙波町1-7-6

経歴
1996年 京都市生まれ
2022年 沖縄県立芸術大学 工芸専攻 卒業
2022年 高知県にて陶芸修行
2024年 京都市左京区にて築窯
2026年 同地にて作陶

解説
平瀬アスカ展「黄泉の棲家」は、生と死、現世と幽世の境に息づく祈りのかたちを、現代に問いかける展覧会です。

1996年京都生まれの平瀬さんは、沖縄県立芸術大学で陶芸を学び、2024年に京都左京区に築窯、現在も同地で制作を続けています。小学生から高校までバスケットボールに打ち込み、インターハイを目指す選手として身体を鍛えました。また大学在学中には二年間休学して東京で役者の経験もあります。身体性と精神性の近さを知る彼女にとって、陶芸とは技法以前に全身で世界を受け止める行為なのでしょう。

沖縄時代に出会った厨子甕(ずしがめ/ジーシガーミ)は、琉球地域で洗骨後の遺骨を納めるために用いられた蔵骨器であり、黄泉の国と現世をつなぐ役割を担ってきました。当初は強く意識することのなかったこの器が、コロナ禍や身近な人の死を経て、死者との向き合い方に深く心を打たれ、制作の大きな転機となります。亡き人のために家をつくり、近くに置き、何度でも会えるようにする。生と死を切り分けず、共に暮らし続けたいという切実な思いから「祈りのうつわ」が生まれました。

現在は近くの山から掘り出した原土を用い、自らの内から湧き出るエネルギーで形づくり、その仕事に責任を引き受ける覚悟が静かに刻まれています。古代中国の明器や、日本中世の経筒・五輪塔もまた、極楽浄土への祈りを託した焼き物の姿でした。かつて焼き物は、生と死、祈りと畏敬の境界をつなぐ役割を担っていたのです。

自然界には人の目に見えぬ力が満ち、言葉にできずとも、私たちの身体はそれを感知してきました。そうした無形の力を受け止める感性が、平瀬さんの造形には息づいています。合理性と効率が優先される現代にあっても、人は実用だけのために物を選ぶわけではありません。そこには必ず、理屈を超えて「つながる」感覚があります。

「黄泉の棲家」に並ぶかたちは、古代から連なる祈りの記憶と現代の個人的な切実さとが重なり合う場所です。失われつつある原初の感覚を、静かに呼び覚ます場となることでしょう。どうぞ平瀬アスカさんの思いが形となった作品に心をひらいて向き合ってみてください。店主


「平瀬アスカ展  黄泉の棲家」スタート_d0087761_16441539.jpg「平瀬アスカ展  黄泉の棲家」スタート_d0087761_16442122.jpg


# by sora_hikari | 2026-03-07 18:00 | 平瀬アスカ

「平瀬アスカ展 黄泉の棲家」3月7日(土)より

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明日3月7日(土)11時から始まる「平瀬アスカ展 黄泉の棲家」の準備が整いました。

今展の象徴的なアイテムである厨子、香炉、小仏をはじめ、日常使いの碗、皿、鉢、湯呑、茶杯、花器など、平瀬アスカさんによる「祈りの道具」が会場いっぱいに並びました。観念的な要素を含みながらも、どの作品も見て癒され、使って楽しいものばかりです。そして何より、平瀬さんご本人のお人柄も大きな魅力です。初日は終日、平瀬さんが在廊予定です。ぜひこの機会に、心安らぐ作品と作者に触れていただければ幸いです。みなさまのお越しを心よりお待ちしております。

平瀬アスカ展 黄泉の棲家
2026年3月7日(土)~14日(土)
作家在廊日 3月7日 
営業時間 11時~18時 最終日は17時迄
ギャラリーうつわノート 埼玉県川越市小仙波町1-7-6

経歴
1996年 京都市生まれ
2022年 沖縄県立芸術大学 工芸専攻 卒業
2022年 高知県にて陶芸修行
2024年 京都市左京区にて築窯
2026年 同地にて作陶

解説
平瀬アスカ展「黄泉の棲家」は、生と死、現世と幽世の境に息づく祈りのかたちを、現代に問いかける展覧会です。

1996年京都生まれの平瀬さんは、沖縄県立芸術大学で陶芸を学び、2024年に京都左京区に築窯、現在も同地で制作を続けています。小学生から高校までバスケットボールに打ち込み、インターハイを目指す選手として身体を鍛えました。また大学在学中には二年間休学して東京で役者の経験もあります。身体性と精神性の近さを知る彼女にとって、陶芸とは技法以前に全身で世界を受け止める行為なのでしょう。

沖縄時代に出会った厨子甕(ずしがめ/ジーシガーミ)は、琉球地域で洗骨後の遺骨を納めるために用いられた蔵骨器であり、黄泉の国と現世をつなぐ役割を担ってきました。当初は強く意識することのなかったこの器が、コロナ禍や身近な人の死を経て、死者との向き合い方に深く心を打たれ、制作の大きな転機となります。亡き人のために家をつくり、近くに置き、何度でも会えるようにする。生と死を切り分けず、共に暮らし続けたいという切実な思いから「祈りのうつわ」が生まれました。

現在は近くの山から掘り出した原土を用い、自らの内から湧き出るエネルギーで形づくり、その仕事に責任を引き受ける覚悟が静かに刻まれています。古代中国の明器や、日本中世の経筒・五輪塔もまた、極楽浄土への祈りを託した焼き物の姿でした。かつて焼き物は、生と死、祈りと畏敬の境界をつなぐ役割を担っていたのです。

自然界には人の目に見えぬ力が満ち、言葉にできずとも、私たちの身体はそれを感知してきました。そうした無形の力を受け止める感性が、平瀬さんの造形には息づいています。合理性と効率が優先される現代にあっても、人は実用だけのために物を選ぶわけではありません。そこには必ず、理屈を超えて「つながる」感覚があります。

「黄泉の棲家」に並ぶかたちは、古代から連なる祈りの記憶と現代の個人的な切実さとが重なり合う場所です。失われつつある原初の感覚を、静かに呼び覚ます場となることでしょう。どうぞ平瀬アスカさんの思いが形となった作品に心をひらいて向き合ってみてください。店主


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# by sora_hikari | 2026-03-06 18:00 | 平瀬アスカ

「平瀬アスカ展 黄泉の棲家」3月7日(土)より

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3月7日(土)から始まる「平瀬アスカ展 黄泉の棲家」の出品物です。

今展の標題となる「黄泉の棲家(よみのすみか)」を象徴する、平瀬アスカさんによる小さな厨子の数々です。沖縄に伝わる厨子甕(ジーシガーミ)に着想を得て、自身の作品として取り入れた造形です。

沖縄に残る古い厨子甕は、遺骨を納めるためのもので、堂々とした大きさと豊かな装飾を備えたものが多く見られます。平瀬さんはその姿に惹かれながらも、家庭に置けるほどの小さなサイズへと引き寄せ、自分の感覚の中で形をつくり直しました。そこには、整いすぎない手跡や、土の感触がそのまま残されています。

その緩やかな手の痕跡は、見る者に緊張を強いるのではなく、どこか親しみを感じさせます。そばに置いておきたくなるような、静かな存在です。

今展の作品全体にも通じることですが、平瀬さんの造形には身体性と精神性が同時に宿っています。作家は何を拠り所に作るのか。市場の要請なのか、それとも自らの思いなのか。流行が瞬く間に広がる時代だからこそ、その立脚点があらためて問われているように思えます。

権威に向けた工芸でもなく、市場の要請に応えるものでもない。古代の民間信仰物にも通じる、現代に生まれた「祈り」のかたち。おしゃれな器に飽きてきた方には、ぜひ見ていただきたい。今、見るべき展示会だと思います(毎回そう思いますが)。

平瀬アスカ展 黄泉の棲家
2026年3月7日(土)~14日(土)
作家在廊日 3月7日 
営業時間 11時~18時 最終日は17時迄
ギャラリーうつわノート 埼玉県川越市小仙波町1-7-6

経歴
1996年 京都市生まれ
2022年 沖縄県立芸術大学 工芸専攻 卒業
2022年 高知県にて陶芸修行
2024年 京都市左京区にて築窯
2026年 同地にて作陶

解説
平瀬アスカ展「黄泉の棲家」は、生と死、現世と幽世の境に息づく祈りのかたちを、現代に問いかける展覧会です。

1996年京都生まれの平瀬さんは、沖縄県立芸術大学で陶芸を学び、2024年に京都左京区に築窯、現在も同地で制作を続けています。小学生から高校までバスケットボールに打ち込み、インターハイを目指す選手として身体を鍛えました。また大学在学中には二年間休学して東京で役者の経験もあります。身体性と精神性の近さを知る彼女にとって、陶芸とは技法以前に全身で世界を受け止める行為なのでしょう。

沖縄時代に出会った厨子甕(ずしがめ/ジーシガーミ)は、琉球地域で洗骨後の遺骨を納めるために用いられた蔵骨器であり、黄泉の国と現世をつなぐ役割を担ってきました。当初は強く意識することのなかったこの器が、コロナ禍や身近な人の死を経て、死者との向き合い方に深く心を打たれ、制作の大きな転機となります。亡き人のために家をつくり、近くに置き、何度でも会えるようにする。生と死を切り分けず、共に暮らし続けたいという切実な思いから「祈りのうつわ」が生まれました。

現在は近くの山から掘り出した原土を用い、自らの内から湧き出るエネルギーで形づくり、その仕事に責任を引き受ける覚悟が静かに刻まれています。古代中国の明器や、日本中世の経筒・五輪塔もまた、極楽浄土への祈りを託した焼き物の姿でした。かつて焼き物は、生と死、祈りと畏敬の境界をつなぐ役割を担っていたのです。

自然界には人の目に見えぬ力が満ち、言葉にできずとも、私たちの身体はそれを感知してきました。そうした無形の力を受け止める感性が、平瀬さんの造形には息づいています。合理性と効率が優先される現代にあっても、人は実用だけのために物を選ぶわけではありません。そこには必ず、理屈を超えて「つながる」感覚があります。

「黄泉の棲家」に並ぶかたちは、古代から連なる祈りの記憶と現代の個人的な切実さとが重なり合う場所です。失われつつある原初の感覚を、静かに呼び覚ます場となることでしょう。どうぞ平瀬アスカさんの思いが形となった作品に心をひらいて向き合ってみてください。店主


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# by sora_hikari | 2026-03-05 18:00 | 平瀬アスカ

「平瀬アスカ展 黄泉の棲家」3月7日(土)より

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3月7日(土)から始まる「平瀬アスカ展 黄泉の棲家」の出品物です。

今展には、碗、鉢、皿、湯呑、そば猪口、高盃など、日々の食卓に寄り添う器も並びます。手向けるように両手で包みたくなる碗。捧げるように料理を受け止める皿や鉢。平瀬アスカさんにとって、生命を繋ぐ「食」を受ける「うつわ」は、単なる道具ではなく、静かな祈りの媒体なのかもしれません。日常の中で繰り返される、食べるという行為。その尊さを思い出させてくれる器たちも併せてご覧ください。

平瀬アスカ展 黄泉の棲家
2026年3月7日(土)~14日(土)
作家在廊日 3月7日 
営業時間 11時~18時 最終日は17時迄
ギャラリーうつわノート 埼玉県川越市小仙波町1-7-6

経歴
1996年 京都市生まれ
2022年 沖縄県立芸術大学 工芸専攻 卒業
2022年 高知県にて陶芸修行
2024年 京都市左京区にて築窯
2026年 同地にて作陶

解説
平瀬アスカ展「黄泉の棲家」は、生と死、現世と幽世の境に息づく祈りのかたちを、現代に問いかける展覧会です。

1996年京都生まれの平瀬さんは、沖縄県立芸術大学で陶芸を学び、2024年に京都左京区に築窯、現在も同地で制作を続けています。小学生から高校までバスケットボールに打ち込み、インターハイを目指す選手として身体を鍛えました。また大学在学中には二年間休学して東京で役者の経験もあります。身体性と精神性の近さを知る彼女にとって、陶芸とは技法以前に全身で世界を受け止める行為なのでしょう。

沖縄時代に出会った厨子甕(ずしがめ/ジーシガーミ)は、琉球地域で洗骨後の遺骨を納めるために用いられた蔵骨器であり、黄泉の国と現世をつなぐ役割を担ってきました。当初は強く意識することのなかったこの器が、コロナ禍や身近な人の死を経て、死者との向き合い方に深く心を打たれ、制作の大きな転機となります。亡き人のために家をつくり、近くに置き、何度でも会えるようにする。生と死を切り分けず、共に暮らし続けたいという切実な思いから「祈りのうつわ」が生まれました。

現在は近くの山から掘り出した原土を用い、自らの内から湧き出るエネルギーで形づくり、その仕事に責任を引き受ける覚悟が静かに刻まれています。古代中国の明器や、日本中世の経筒・五輪塔もまた、極楽浄土への祈りを託した焼き物の姿でした。かつて焼き物は、生と死、祈りと畏敬の境界をつなぐ役割を担っていたのです。

自然界には人の目に見えぬ力が満ち、言葉にできずとも、私たちの身体はそれを感知してきました。そうした無形の力を受け止める感性が、平瀬さんの造形には息づいています。合理性と効率が優先される現代にあっても、人は実用だけのために物を選ぶわけではありません。そこには必ず、理屈を超えて「つながる」感覚があります。

「黄泉の棲家」に並ぶかたちは、古代から連なる祈りの記憶と現代の個人的な切実さとが重なり合う場所です。失われつつある原初の感覚を、静かに呼び覚ます場となることでしょう。どうぞ平瀬アスカさんの思いが形となった作品に心をひらいて向き合ってみてください。店主


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# by sora_hikari | 2026-03-04 18:05 | 平瀬アスカ

「平瀬アスカ展 黄泉の棲家」3月7日(土)より

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3月7日(土)から始まる「平瀬アスカ展 黄泉の棲家」の出品物です。

今展には、碗、鉢、皿、湯呑、そば猪口、高盃など、日々の食卓に寄り添う器も並びます。手向けるように両手で包みたくなる碗。捧げるように料理を受け止める皿や鉢。平瀬アスカさんにとって、生命を繋ぐ「食」を受ける「うつわ」は、単なる道具ではなく、静かな祈りの媒体なのかもしれません。日常の中で繰り返される、食べるという行為。その尊さを思い出させてくれる器たちも併せてご覧ください。

平瀬アスカ展 黄泉の棲家
2026年3月7日(土)~14日(土)
作家在廊日 3月7日 
営業時間 11時~18時 最終日は17時迄
ギャラリーうつわノート 埼玉県川越市小仙波町1-7-6

経歴
1996年 京都市生まれ
2022年 沖縄県立芸術大学 工芸専攻 卒業
2022年 高知県にて陶芸修行
2024年 京都市左京区にて築窯
2026年 同地にて作陶

解説
平瀬アスカ展「黄泉の棲家」は、生と死、現世と幽世の境に息づく祈りのかたちを、現代に問いかける展覧会です。

1996年京都生まれの平瀬さんは、沖縄県立芸術大学で陶芸を学び、2024年に京都左京区に築窯、現在も同地で制作を続けています。小学生から高校までバスケットボールに打ち込み、インターハイを目指す選手として身体を鍛えました。また大学在学中には二年間休学して東京で役者の経験もあります。身体性と精神性の近さを知る彼女にとって、陶芸とは技法以前に全身で世界を受け止める行為なのでしょう。

沖縄時代に出会った厨子甕(ずしがめ/ジーシガーミ)は、琉球地域で洗骨後の遺骨を納めるために用いられた蔵骨器であり、黄泉の国と現世をつなぐ役割を担ってきました。当初は強く意識することのなかったこの器が、コロナ禍や身近な人の死を経て、死者との向き合い方に深く心を打たれ、制作の大きな転機となります。亡き人のために家をつくり、近くに置き、何度でも会えるようにする。生と死を切り分けず、共に暮らし続けたいという切実な思いから「祈りのうつわ」が生まれました。

現在は近くの山から掘り出した原土を用い、自らの内から湧き出るエネルギーで形づくり、その仕事に責任を引き受ける覚悟が静かに刻まれています。古代中国の明器や、日本中世の経筒・五輪塔もまた、極楽浄土への祈りを託した焼き物の姿でした。かつて焼き物は、生と死、祈りと畏敬の境界をつなぐ役割を担っていたのです。

自然界には人の目に見えぬ力が満ち、言葉にできずとも、私たちの身体はそれを感知してきました。そうした無形の力を受け止める感性が、平瀬さんの造形には息づいています。合理性と効率が優先される現代にあっても、人は実用だけのために物を選ぶわけではありません。そこには必ず、理屈を超えて「つながる」感覚があります。

「黄泉の棲家」に並ぶかたちは、古代から連なる祈りの記憶と現代の個人的な切実さとが重なり合う場所です。失われつつある原初の感覚を、静かに呼び覚ます場となることでしょう。どうぞ平瀬アスカさんの思いが形となった作品に心をひらいて向き合ってみてください。店主


「平瀬アスカ展  黄泉の棲家」3月7日(土)より_d0087761_16441539.jpg「平瀬アスカ展  黄泉の棲家」3月7日(土)より_d0087761_16442122.jpg


# by sora_hikari | 2026-03-04 18:00 | 平瀬アスカ