2023年 06月 16日
「稲吉オサム展 渥美古窯レクイエム」7日目-2
「稲吉オサム展 渥美古窯レクイエム」の7日目-2。
愛知県豊橋市の稲吉オサムさんの工房です。ひとりで使うには贅沢な広さの古い農家を仕事場にしています。渥美古窯は渥美半島の田原市から豊橋市に跨る地域に500基程の窯があったと言われ、鎌倉末期に200年間の操業を終えた謎の古窯群です。因みに渥美焼の語源となる渥美町は市町村合併で田原市に組み込まれ渥美という地名はなくなりました。焼き物史の観点から見ると残念なことです。
稲吉さんの経歴は展示会の冒頭でもご紹介しましたが、豊橋市で生まれ育ち、地元の高校に入るもののわずか2か月で辞め、職を転々としました。20代半ばに瀬戸の訓練校で陶芸を学び、窯元で修業、その後地元の豊橋に戻りました。数々の職歴や陶芸に出会った話は数奇なものがありますが、作家と作り始めてからも常に「何かが違う」という違和感に苛まれていたという言葉が印象的でした。
そういう中で出会ったのが「渥美窯」というまだ十分に解明されていない焼き物でした。探し続けていた答は、実は自分の足元にあったという宿命的な出来事です。採土地も様式も良く分からない中、地元の博物館や窯跡に通い、実物や陶片を見ることで実践的に検証しいく過程で、益々渥美の古い焼き物に憑りつかれていきました。きっと分からぬゆえに、謎を解いていくミステリー小説のようなわくわく感があったのでしょう。
しかし認知されていない渥美焼という焼き物に取り組むということは、それを支える市場が存在しないことに繋がります。日本六古窯と同時代の発生地であるにも関わらず、頼れるマーケットはなく、孤独な活動にならざるを得ません。本来なら古い歴史を持つ産地は、古典様式の技術的な骨格があり、その再現性、あるいは新解釈を評価する市場があり、それに呼応して益々よい作家が育つという経済的な合理性のうえに成り立っているのです。
稲吉さんの工房には昭和レトロな映画のポスターやレコードがあります。懐古趣味にも見えますが、この時代には銀幕のスターがいて、歌にはメロディーも心もあった。稲吉さんも演歌のような人情劇場が刳り成す人生を歩んでいるように見えます。流行に媚びず、信じる我が道を進む。今回の展示会の立ち会い後も、川越観光するでもなく川越近くの古墳跡に赴き、渥美から運ばれた古陶を見て回る。人生全て渥美に特化した歴史探訪であり、埼玉に来ても目が向くのは渥美のことばかり。まさに「渥美バカ」としてまっしぐら。そこがいいのです。
今は耐火煉瓦による薪窯を使っていますが、今後渥美古窯で使われていたのと同じ完全地下式の穴窯を再現すべく土を掘っています。しかし、つい最近の大雨で完全に水没。まだまだ前途多難な渥美へのチャレンジは続きます。
稲吉さんの魅力はもちろん渥美焼というまだ知らぬ水平にある焼き物を物理的に体感することですが、それと同時に手探りを続ける稲吉さんと一緒に渥美のミステリーを進行形で体験する喜びでもあるでしょう。
会期は残すところあと1日。壷は特に実物をご覧頂くことをお勧めします。どうぞ稲吉オサムさんの渥美焼に触れてください。
稲吉オサム展 渥美古窯レクイエム
by sora_hikari | 2023-06-16 18:23 | 稲吉オサム展