2023年 04月 22日
「田村文宏展 日本焼物創生(猿投・瀬戸・渥美)」ありがとうございました


田村さんの個展は今回で5回目となりますが、1~3回が東南アジアの古陶磁をテーマにした内容、4回目から古瀬戸、そして今回が範囲を広げ猿投、古瀬戸、渥美となりました。まだ20代の頃に益子の陶器市で出会ったのがきっかけですが、実直なお人柄と灰釉のシンプルな器が好印象だったのを覚えています。元々、生活寄りの食器が出発点ですが、東南アジアの旅の経験や瀬戸周辺の出身であることが古典に目を向ける要因になっています。今も普段使いの器を主軸に活動されており、今回のような古典を辿る仕事はご自身の原点を再確認する意味もあるでしょう。
茶陶や美術工芸寄りの作家を除いて、以前は生活向けの器を作る人が原土を掘り、薪窯で焼くことは少なかったように思います。しかし現在はある種のトレンドとしてストロングスタイルの焼き物に取り組む若い方が増えてきています。ひとつは味わい深い日常食器の表現手段として採用する人、もうひとつは土地土地の原土を探し、旧来の焼き物のセオリーを一旦解体し、パンキッシュな焼き物を目指す人。
このような向き合い方に対して、今回の田村さんは方向性は異なり、茶陶的価値感から離れた桃山以前の古典をあらためて捉え直す志向です。自然回帰の器や破壊的な草書(殴り書き)の焼き物に対し、田村さんは写経するごとく楷書を学び、正調な古典を上書きすることで自分自身を確認する行為に思えます。一見すると保守的な焼き物に思えますが、桃山茶陶以前の中世の焼き物でありながら、民具とは異なる様式的な焼き物であり、今はエアポケットのように抜け落ちた領域です。ここを捉えようとする行為は、保守というよりも新たな古典の解釈なのです。
いずれにしても今は焼き物の方法論や価値観が問い直される時代でしょう。例えば旧来の桃山茶陶の再現が千疋屋の立派なメロンを栽培するようなものだとすれば、今は泥がついたままの有機栽培の作物のごとく素材から滲みでる旨味もあればえぐみも渋みも含まれている焼き物のように思います。
今回の田村さんは、猿投や古瀬戸といった1000年も遡る時代の様式に当て嵌めていく取り組みでしたが、従来と異なるのは発表の場や対象とする人であり、決して保守狙いではない挑戦的なことです。今はまだ多くの方に認識されるほどの市場性はありませんが、新しい焼き物の愉しみ方を増やしていく端緒についた段階と言えるでしょう。
今はSNS全盛期の写真映りのよいキャッチーなものがもてはやされる時代ですが、しかし焼き物は自然素材を扱うがゆえに、写真だけでは分からない手触りも大切だと思います。流通側も流行の上澄みを掬うだけでなく、分かりづらくとも、それを紐解いて育てていく努力も必要でしょう。弊店も新たな古典解釈、焼き物の魅力、その延長上にある日常の豊かなうつわを結び付ける努力を微力ながら続けていきたいと思います。
お選び頂きました田村文宏さんの焼き物が皆様のお心を豊かにすることを祈っております。この度はありがとうございました。
※写真は古瀬戸陶片
by sora_hikari | 2023-04-22 16:57 | 田村文宏展2023