2022年 10月 02日
「松本郁美展 西方見聞録 」ありがとうございました
「松本郁美展 西方見聞録 」は終了しました。会期中ご来店下さいました方、ネットを通じてお選び頂けました方、皆様に心より御礼申し上げます。尚オンラインストアは23時までご利用頂けますので、お見逃しの方はどうぞご覧ください。
滋賀県甲賀市の松本郁美さんの工房を訪ねたのは3年前でした。京都で修業し、景徳鎮のレンジデンス経験があり、磁州窯に興味があると聞いていたので、古典に根差す骨太な作風と思っていたのですが、存外時流に合わせた食器のように見えて当初の思い込みは外れました。このままの路線で進めば、しっかりと人気も広がるだろうと確信する一方で、弊店として貢献できる役割をあまり感じることが出来ず、その時はお取引きをお願いしませんでした。
その後、中国や欧州の要素を取り入れた食器は様々なお店を通して評価も高まり、作家名も定着していきました。その経過でお作りなるものは、中国陶磁を意識した路線を掘り下げるように見受けられ、これからどう変化していくのか興味が湧き1年半前にあらためてお取引をお願いしました。
ひと頃の生活工芸を主とする飾りのないシンプルな食器ブームからすれば、現在は絵付けやイッチン、型打ち変形皿など装飾全盛期を迎えています。もちろん需要があるからこそ広がっていく訳ですが、ただ時流を映したものは、表層的で根幹が弱くもの足りなさを感じていました。
今回の松本郁美さんのお仕事は、あらためてご自身の根っこにある焼き物や、陶芸への思いを見つめ直した内容であったと思います。今までの作風をさらに掘り下げ、土造りから仕上げまでの取り組みを変え、あらたな思いで臨んでくれました。中国からさらに西方に向かうシルクロード、東洋と西洋が混ざり合う文明の発祥地、その幻想的な世界を表すためのアイテム、絵柄、質感の工夫など、多くの方にその変化が伝わったことと思います。
一方で作風、アイテム、価格帯を変えることは、作者が積み重ねてきたお客様へ戸惑いをもたらす危険も伴います。これを自覚したうえで自分を変えていくことは、技術的な難しさもさることながら、精神的な不安が大きく、それを乗り越える相当な覚悟が必要になります。そのためには短期的な評価は求めず、売上の多寡に捕われず、一旦しゃがんで足元を見つめ直すこと、何より自分を信じることが大切でしょう。
今回食器からオブジェへの転向といったドラスティックな変化ではありませんが、しかし松本郁美さんが一年半をかけ、全身全霊をかけて臨んだ思いの深い展示会でした。安定的に数を賄う仕事から、ひとつひとつを手探りで確かめるような思いが伝わってくる内容でした。そこで表されたのは物質的な存在だけでなく、時代や地域を超えて心の旅を誘う幻想的な世界観がありました。これこそが松本郁美さんが古典と技術と独自性を掛け合わせた表現でした。
このような作者の変化する節目に立ち会えることは、ギャラリーとして誇らしいことです。また新たな評価を得るべく伝える側としての責任もあり、身の引き締まる展示会でした。幸いなことにたくさんのご評価を頂けたことを嬉しく思います。過去に何人かの節目を経験した立場から言えるのは、時流を超えて確実に次に向かって飛躍できるということです。
最終的に多くの中から選んでもらうということは、理屈や言葉ではなく、また歴史認識や技術でもなく、ましてや同情や根性論でもなく、ただただ作りしものから醸し出される色気や叙情性といった目に見えぬ力が伝わるかに収斂されます。この先、松本郁美さんが作るものが、どう人の心を感動させるのか。引き続き注目していきたいと思います。
この展示会でお選びくださいましたお客様へあらためて感謝をお伝えするとともに、松本郁美さんに心から「ありがとう」とお伝えし、この展示会を締め括らせて頂きます。
by sora_hikari | 2022-10-02 17:00 | 松本郁美展