2017年 07月 02日
「森岡希世子展 轆轤師・現田市松さんに憧れて」ありがとうございました
「森岡希世子展 轆轤師・現田市松さんに憧れて」は本日終了しました。雨の日が多い会期となりましたが、足をお運び頂きました方へ厚く御礼申し上げます。今回展示しました作品の一部はうつわノート八丁堀店で引き続きご覧頂けます。
最終日になり恐縮ですが、昨年に続き森岡希世子さんの経歴をご紹介いたします。
小学生から始めたサッカー。ボールを抱いて寝るほどサッカー好きの少女でした。そのままサッカー熱は続き、高校の時には静岡にサッカー留学するほどの本格派。時は、なでしこジャパンの前身となる女子サッカーチームが出来て間もない頃。インターハイ出場経験もある全日本の強化選手でした。その後、選手としてのサッカーからは離れるものの、今でも地元で週4日はサッカーを続けています。
サッカーから一時離れた10代後半には、東京で舞台の音響の仕事をしていた時期もありました。そして20歳になってデンマークに留学。Holbek美術国民学校で体験した「hygge(ヒュッケ)」と呼ばれる憩いの場で知った日常の中にある「生の時間」の大切さ、また授業で挽いたろくろが、陶芸の原体験になっています。
デンマークから帰国後、石川県立美術館の「板谷波山展」で見た轆轤師・現田市松さんの盃。その仕事に感動して、陶芸の道を選ぶことを決意、地元・九谷技術研修所に入りました。そこで基本的な陶芸の基礎を身につけ、卒業後は窯元で轆轤師として5年の修行を積みました。
その後、茨城県笠間市の造形作家・伊藤公象氏のアトリエ助手を3年間経験後、再び地元・石川県に戻り九谷技術者自立支援工房にて4年間職員として働きます。職員時代に、大学院の資格検定試験を通信教育で取得し、金沢美術工芸大学の博士課程に進みました。そして昨年修了し現在に至ります。
作家活動は、九谷自立支援工房の職員時代の2009年から続けており、日本クラフト展大賞受賞をはじめ、数々の賞歴を持ち、2012年には九谷焼成形部門の伝統工芸士としても認定されています。
この経歴を俯瞰して見えてくるのは、その多くが人の下支えをする仕事だったことです。舞台の音響、轆轤師、造形作家助手、支援工房職員など、自らが表に立つよりは手助けすることに長い時間を費やしています。九谷焼を学びながら、絵付けの道は選ばず、ろくろ仕事を選んだのも、本質的な形に意味を見出したからではないでしょうか。
サッカー選手のポジションは、ミッドフィールダー(中盤)。攻撃と守備の両方に関わる役割。轆轤師や助手としての守備時代を経て、今は個人作家として自己確立の時代が始まっています。数々の経験を積み重ねてきたからこそ出来る攻守バランスのとれた仕事。それが森岡さんの器の芯になっているのです。
どうぞこれからも森岡希世子さんのお仕事にご注目ください。
この度はありがとうございました。
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by sora_hikari | 2017-07-02 18:15 | 森岡希世子2017