「川喜田半泥子のすべて」 @ 松屋銀座

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松屋銀座で開催されている「川喜田半泥子のすべて」展へ行ってきました。これは昨年、岐阜県多治見の陶芸美術館で開催されていた展示会の東京巡回展となっています。川喜田半泥子(かわきたはんでいし:1878-1963)の作品をこれほど多く目にすることが出来るのは貴重な機会です。器を初めとし、書、書画、洋画、竹細工、写真、建築スケッチまで幅広く、半泥子の残した多彩な作品約200点が展示されています。半泥子というと昭和陶芸の巨匠という認識ぐらいしか持ち合わせていませんでしたが、その経歴や作品の素晴らしさに驚きを感じる内容でした。伊勢の豪商の家庭に生まれ、銀行頭取や地方議員もつとめた実業家という経歴を持ちながら、40代後半から陶芸をはじめ、本格的に作ったのは還暦も間近な頃と云います。それ故に作陶は生活の糧を得る為よりも、趣味の範囲であったとも言える訳ですが、作品の完成度ははるかにその領域を超えていて、昭和陶芸史を飾る一人者である所以も納得できる内容です。多くの器は茶道具のもの。その中心である茶碗の作風も多彩です。井戸、志野、瀬戸黒、織部、粉引、刷毛目、灰釉、黒楽、赤楽、唐津、染付、色絵、片身替、等。それらは実に幅広く、代表的な様式はほぼ網羅的に手掛けていたようです。時代的に美濃陶の復古という背景もあったのだと思いますが、それをそのまま再現する方向ではなく、独自の作風を目指していたそうです。陶芸を始めた年代も遅いのにも関わらず、なぜこれほどの作風や完成度を成し得たのかが不思議に思えます。才覚があったからと言えばそれ迄ですが、その他に良い物を見て蓄えた眼力、人脈のもたらす情報力なども背景にあったように思えます。陶芸のみに納まらない多くの作品を俯瞰してみて見ると、そこには風流・風雅の粋を知り、何を美とするかのエッセンスを掴む感度の良さが全てに通底しているように思います。半泥子(はんでいし)という名前には、「半ば泥(なず)みて、半ば泥(なず)まず」という意味があるそうです。そういったバランスの取れた距離感こそが、いいものを生み出す源泉であったような気がします。昭和の巨匠となるとある種の記号化された評価や重々しい呪縛も感じますが、むしろかろみの部分を読み取れると、より素直に接することができるように思います。


「川喜田半泥子のすべて」展
2009年12月30日(水)~2010年1月18日(月)
10:00~20:00(入場は30分前まで)
入場料:一般1000円
松屋銀座 8階大催場(東京・銀座) ホームページ

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今後の巡回会場と会期

横浜そごう美術館 
2010年2月11日~3月22日

山口県立萩美術館・浦上記念館 
2010年4月3日~5月30日

三重県立美術館 
2010年6月8日~7月25日


by sora_hikari | 2010-01-15 23:31 | 見て歩き

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